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自分の家がほしい

私は小さい頃から不動産広告が大好きだった。新聞の折込広告の中でもっとも興味があるのは不動産広告。新聞のテレビ欄の次に興味を持ってみていたと思う。実に真剣に不動産広告の間取り図を見て、私の部屋はこれで、ベッドはここに置いて…と真剣そのもので広告を見ていたのである。小学生だった私が真剣に不動産広告に見入るということは、広告主の不動産屋さんや建築会社にすれば、ターゲットはずれこの上ないが、本当に不動産広告が大好きだった。

その傾向は30代後半の今でもまったく変わってない。とにかく家の広告が好きで、いつも自分の家を購入することを夢見ているのだ。それなのに、それなのに、いまだ自分の家を持っていない。実は住宅以外の不動産は持っている。親の遺産として受け継いだものだから、厳密に言えば自分で購入したものではないのだが、一応、自分の持ち物である不動産はある。でも、なぜか、家がない。どうしても家がない。
小さな頃から家が欲しくて欲しくてたまらないのに、自分の家がない。

実は私はかなり風変わりな環境で育った。私の記憶にも残ってないほどの幼少期に父と母は別れた。そのため物心ついた頃には父親は我が家に存在しなかった。母はその頃の女性には珍しいキャリアウーマンで、美容系の店を何軒か経営していた。そういった意味では、ビンボーな母子家庭ではなかった。

しかし、私の記憶にないぐらいの時期にすでに母子家庭で母親がキャリアウーマン。で、当然、誰が私の面倒を見るの?ということになる。そこで、お手伝いさんというか育ての母というべき人が私の人生に登場した。と、いうか、物心ついたときにはもうその人がいたから、私的には後から登場した人物ではなく、はじめからずっと私の人生に参加していた人ということになる。

キャリアウーマンの母は仕事に出かける前に私をその人の家に預け、仕事が終わると引き取りにいくという生活を送ったらしい。しかし、その二重生活が幼い私の健康に影響を与えたらしく、私の体調が悪い日はそのままその育ての母の家に留まることが多くなった。生みの母の事業はことのほか順調に進み、店の数をだんだんと増やしていった。そういう生活が続くうち、ついに私は育ての母の家で生活することになり、生みの母は仕事が終わると私の顔を見に来るという、当時としてはかなり珍しい親子関係になった。

ちなみにこの育ての母というのは、血縁関係もまったくなく、母の友人だったわけでもない。つまり、生みの母から子守代をもらって私の面倒を見ていたという、金銭的収受で成り立っていた関係だ。

しかし、そういった事情でありながら、なんと私は大学を卒業するまでその育ての母の家で暮らしたのだ。これはもう子守さんだとかお手伝いさんという域を超えている。完全に私の中には二人の母が存在した。

しかし、なんというのか…。やはりあずけられてるという感覚が私の心の片隅にあったのか、自分の家でありながら自分の家でないような…、なんと言うか、一時的にその家に暮らしているような…、そんな思いがあったのか、私は常に不動産広告に見入り、将来の家を実に実に真剣に検討していたのである。

今、すでに結婚10年目。友達は子供も数名いて、家を購入している年齢だ。それなのに、あんなに小さな頃から自分の家にあこがれていたこの私に家がない。生みの母はすでに他界しているから、いわゆる実家もない。

ダンナには立派な実家がある。そのためか、住宅購入にはあまり興味がないらしい。いざとなって戻れる家がある人は、それほど切実に自分の家を欲しがらないのだ。

ダンナの父はすでに他界しているが、母は元気。しっかりとした持ち家で安定した暮らしをしている。私はダンナの母は嫌いじゃない。ダンナの実家も自営業だったので、姑はどこか私の生母と通ずるきっぷのよさがある。ダンナは長男だから、将来的には姑と暮らすことになるだろうが、それに関しては特に気にしていない。

それなら、ダンナの実家に住んじゃえばいいじゃない?って…。
でも、私的にはダンナの実家に住むことが、私の小さな頃からの夢をかなえるということではないのだ。それは、姑の家に居候させてもらっている状態。つまり、私が小さい頃から送ってきた生活となんら変わりはない。それは自分の家じゃないのだ。

私は私の家が欲しい。私が今後一生安心して暮らせる家。一時的な住処ではなく、安心してどっしりと暮らせる家が欲しいのだ。もう出て行く必要がない家。自分の家。その自分の家に姑を招きいれることはまったく問題ない。

しかし、姑も気丈な人で、ご主人がなくなってからも一人でしっかりと気ままに生きていた人だから、私とダンナが建てた家に住まうのは嫌がるかもしれない。

でも、私は小学生の頃から夢見ていた自分の家に関しては、本当に本当にあきらめることができない。もし、一生自分の家がもてないままこの世を去ることになったら、私は、本当に悲しい。
マスコミ・編集業界を経験し、その後シドニーへひとっ飛びした私の生活の外面から見ると、私が安定性を求めているなどと誰も思っていないのかもしれない。もしかするとダンナすら、わかってないのかもしれない。

確かに退屈な毎日はいやだけど、退屈=安定というわけではないと思う。生活が安定してても刺激的な日常を送っている人はたくさんいる。

人間いくつになっても、帰るところがないというのは不安。すでに母をなくし、父の面影も知らない私にとっては、いざというときに泣いて頼れる肉親がいない。天涯孤独の身である。ダンナは「俺は家族だろ」というが、夫婦というのはどんなに愛し合ってても所詮は他人。子供のない私にとって、肉親はこの世にはいない。だから、せめて住むところだけでも安定したいという思いが強い。家が欲しい。本当に家が欲しい。どうしてダンナはわかってくれないのかな。

やはり、小さなときから安定した暮らしをして、頼れる肉親がいる人には、わからないのか。ただ単に「嫁ハンの家が欲しい病が始まった」ぐらいにしか考えてくれないのか。

違うのよ。私はほんの小学生の頃から、自分の家が欲しかったの!!
お願いだからわかってよ。
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テーマ : 結婚後の生活 - ジャンル : 結婚・家庭生活

Comment

こんにちゃ~

ヒポさん、初カキコです♪コメントありがとうございました!
シドニーは今は暖かい季節ですか?
東京は今日は大雨です・・・寒いです(;つД`)
っていうか私も家はとっても欲しい派です!!
父親が事業をやっては潰しやっては潰ししたせいで、ずーーっと借家住まい。&二回離婚暦があるのですが、前のダンナ二人とも甲斐性無し・・・(-∀ー#)よって今まで「自分の家」というものに住んだこと
が無いです(3歳まではあったらしいが、親父の借金のカタにとられた模様)
今のオットはまじめな人なので、なんとか将来家を買えたらなぁ・・・と他力本願に願っております♪
またおじゃまさせてね♪

いらっしゃい~

ナンシィさん、いらっしゃい!
私はのほほんとしたダンナのオシリを叩き、何とか私の夢をかなえさせようと・・・(笑)。
シドニーは今真夏で、暑くて暑くて。なんと、シドニーの普通の家にはクーラーがないのです。理由は湿気が少ないから、日陰に入れば涼しいんだと・・・。確かにそうだけど、やっぱり暑いもんは暑い。
夢は日本で和風建築の家に暮すこと。枯山水の庭に獅子おどしがあって~、鯉が泳いでて~、と夢をとうとうと語り、だんなに呆れられております。ホントはアパートでいいんだけど。

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