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ビッチ大国

オーストラリアのオンナは「bitch」である。私も日本人にしては相当ビッチだと思うが、オーストラリア女に比べたら、私のビッチ度などかわいいもんだ。
もちろん、素晴らしい大人の女性もたくさんいる。だが、往々にしてビッチが多い!

まず、オーストラリアでは「ジェントルマンたるもの女性と子供には優しくしてあたりまえ」という教育が、家庭でも学校でもなされる。そのため、オンナは基本的に優遇されて育つ。たとえば、狭い道ですれ違うとき、道を譲るのは決って男性だ。女性は譲られて当然という顔をする。また、スーパーで買物するとき、たまたま2人の人がひとつしかない商品を同時に買い求めた場合、これも緊急性がない場合、男性が女性に商品を譲る。

そういう優遇されて当たり前という風潮から、オーストラリアンビッチは確実に横柄さを増していく。
学校制度の中、男女とも体罰は許されないことだが、特に男性教師が女生徒の腕や頭に触っただけでも、セクシャルハラスメントであるといわれる。そのため、学校にどんなに躾のなっていない悪童がいても、男性教師は女生徒には文字通り指一本触れられないのだ

ある時、ダンナがケアンズに遊びに行った。日本人の友人と道を歩いていると、男1名+女2名の高校生が無効から歩いてきたそうだ。道をすれ違う際に、ダンナとその友人は身体をよじり道を譲ったらしいが、その中の一人の女子高生が明らかに故意的に自分のバックパックをダンナの友人に思い切りぶつけてきた。

呆然とするダンナの友人。それを見たダンナは、「ちょっとまてーい。俺等は道を譲ったンや。それにもかかわらずカバンをわざとぶつけるとはどういうこっちゃ」としかりつけたらしい。そうすると、高校生グループのオトコは後ずさりし、女二人がダンナの前に立ちはだかる。そして女一人がなんとダンナの髪の毛をつかみ、顔につばを吐きかけたのだ!

もう、これを聞いたとき、私のはらわたが煮えくり返った。私のダンナに何をするねん!「なんで、殴ってやらなかったのよ」と腹立ち紛れに聞くと、「ムカついたでー。でもな、この国では何があろうが、オンナに手を上げたら男の方が悪いことになるんや。手をつかんだりするだけでもそうや」という。

あまりに頭にきたので、ケアンズの警察に被害を報告したらしい。しかし、警察もこんな事件は日常茶飯事らしく、「そうか、そうか。ひどい目にあったなあ」と気の毒そうな目で見るだけ。

こういった非常識なビッチは田舎に行けば行くほど多くなる。私の住んでいるシドニーやメルボルンにはなかなかそこまでのアホなビッチはいないが、ケアンズやパース、アデレード辺りに行くと、ココロの広い大らかなオージーおばちゃんがいる一方で、物事を勘違いしている10代のビッチがうようよいる。

どうして私もケアンズに行き、その現場にいなかったのだろうと今でも歯軋りするわ。女同士の喧嘩なら両成敗でしょうよ。どつき倒したんねん!
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テーマ : 日々のできごと - ジャンル : ライフ

リビングで暮らす者たち

2006年の8月に鬱病を発症し、その後、子宮外妊娠子宮筋腫手術と病院めぐりに明け暮れたせいで、すっかり「おウチの人」になっている私。

仕事もほとんどせず、週に一度、定期的にある雑誌のために原稿を書くだけ。それももちろんおウチでの作業です。

我が家は2ベッドルーム。リビング&ダイニングとメインベッドルーム、セカンドベッドルーム。バスルーム2つとランドリー。

セカンドベッドルームはコンピュータルームと化していますが、使用するのはほとんどダンナ。わたしはリビングでノートパソコンを開いて、まったりコンピュータに向き合っております。

リビングにはうちの5羽のオカメインコが住んでいます。このアパートに引越した当時、これからはうちの鳥はほぼ「カゴの住人」とし、放鳥は朝1時間、夜1時間だけ、と思っておったのですが、いまや、その誓いも空しく、目覚めると同時に鳥はリビングに飛び出し、私とダンナが食事中のときだけカゴにロックアップされる…という生活。リビング全体を鳥たちに占拠され、もはややつらのカゴは鳥たちのダイニング&ベッドでしかありえまへん。

私の居住空間も、寝るとき以外はほぼリビング。ほとんど、私、鳥の家族の一員です。家からあまり出ないから、社会からもなんとなくフェイドアウトしてしまい、最近、会うのは2~3人の親しい友人のみ。外国に暮らしていることもあり、寂しさが募る今日この頃。

そろそろ何か、外で働きたいんですが、いいでしょうかねえ。でも、今年の初めに、仕事を始めて鬱病がぶり返し1ヶ月で退職した経験が、どうもやる気をそがせるのです。プラス、子宮外妊娠をしたとはいえ、来年早々にまたIVFにチャレンジしたい私としては、今、働いていいわけ?というココロの葛藤も。子供を作るから仕事はオアズケって言うのは、何か確証のない未来にかけているようで、心もとない。
なら、フルタイムじゃなくて、パートタイムで働こう!と思い立っても、なかなかそんな都合のいい仕事ってナイのです。

私は大学を卒業してから、ずっと広告業界と出版業界でライターとして働き、また、オーストラリアでは一時、コンサルタントとして働いていました。つまり、一般事務とか営業とかの経験がないわけです。したがって、一般事務のパートタイムの仕事にもありつけない有様。ああ、つぶしが効かない。ましてや日本語のライターなんて、オーストラリアじゃいらないっつーの。

自分で働いて自分の生活を支える、という当たり前の生活をもう一度取り戻したい。なんだか「おウチの人」でいると、自分のアイデンティティが失われていく。自分に自信がなくなっていく。やっぱり、人間は人との交わりの仲で、自我を確認するんだなあ、と改めて感じる今日この頃でした。

鳥たちとの絆はますます深まり、今のところ私を表現する一番の言葉は「トリ好きのアジア人」かも。まあ、子供の目から見たら「トリおばちゃん」ってとこでしょうか。あー、ちょっとライフスタイルを変えよう(←自己嫌悪…)。

テーマ : 生き方 - ジャンル : ライフ

我が人生に一片の悔いなし

いや、実は、私、昔から「北斗の拳」の大ファンでございまして。ハア。恥ずかしながら。

男兄弟のいない一人っ子として育ったくせに、昔から少年向けまたは男性向けコミックに目がないのでございます。

20代前半は、通勤途中にモーニングやらスピリッツを電車の中で愛読する始末でして。化粧をバッチリしたちょっと高慢ちきそうに見える女が、一心に男性用コミックを読みふけっているのでございます。おそらく、電車の中で奇声を発するアングラ劇団の人々と同様に、「不思議ちゃん」として人々の目に映っていたかもしれませぬ。

小説でも映画でも感情移入しやすい私でございますが、恥ずかしながらコミックの場合もそうでして、つい、男の世界に感動し涙ぐむことすらございます…。

「北斗の拳」は今から20年ほど前に発表された熱き男たちの戦いを描く大作です。先ごろ、日本で北斗が復活したとの噂を聞き、「北斗の拳ーラオウ伝」を見たくて見たくてうずうずしているのです。

「北斗の拳」ファンにはいまさらな話ですが、この話には化け物みたいに強く、そして熱くやさしい究極のいい男が多数出てきます。

主人公のケンシロウを初め、北斗の長兄ラオウ、次兄トキ、南都義星のオトコのレイ、聖帝サウザーなど、そりゃあ、オーシャンズシリーズのイケメン俳優など目じゃないぐらいのスーパーいい男たちです。共通点はどのオトコも段違いに強いということ。

まあ、物語の内容としては、自分の腕を競い合うオトコの喧嘩のシーンで成り立っており、残虐なシーンも多々あるため「暴力マンガ」として扱われることもあるかも知れまへん。しかしながら、タダの暴力ではない、根底に愛や情、悲しみが一杯つまった作品なのです。宿命に生きる男たち、ああ、なんてたくましいの。

いい男たちの中でも、私の一番のお気に入りは北斗の偉大なる長兄ラオウ。きゃつはほぼ悪役で登場するのですが、もう、そりゃ強くて潔く、堂々とした究極のいい男なのです。物語の最後では主人公のケンシロウと激闘の末、仁王立ちで拳を振り上げ、立ったまま死ぬという壮絶な最期を遂げるのですが、その最後の言葉が「我が人生に一片の悔いなし」な訳です。

この話には、一人のスーパーいい女としてユリヤが登場します。このユリヤを巡っての戦いがあちこちで勃発するのです。ユリヤは慈悲の心と母性を宿命にもつ女らしさを絵に描いたような女性。すべての人に愛と情をかけ、自分の身を挺して尽くします。どんなに理不尽な状況下にあろうとも、けっして抗わず、じっと耐える女。しなやかでか弱く、守ってやらねばいけない女。
一方、もう一人、戦う女のモデルケースとしてマミヤという女性も登場。彼女は自ら武器をもち戦う女です。

私?ええ、現在の私はどちらかというと武器を持つタイプですが、もし、本当に強くて信念を持つ男たちがこの世のスタンダードであれば、ユリヤとして生きたいと思ってしまいます。

女らしさ、男らしさという定義がまだ通用するのであれば、女が本当に女らしく生きるには、男らしい男が必要なのです
その昔、女が女らしくあることが当たり前だった時代、オトコはまことに男らしかった。全身全霊でオンナを守るたくましい男たちがいたのです。

その時代、オンナに自由はなかったといわれますが、子を産み育てるという女の本能を全うするオンナの生理現象により忠実だったのかもしれません。

もちろん、今の時代、ユリヤのように生きるのはほとんど自殺行為です。だって、強い男がいなくなったんだもん。

自分の身は自分で守らなきゃね。現在の少子化に関して、経済的背景とか時代背景とか、もっともらしい理由が挙げられていますが、実のところ、本当の少子化の原因は、「男が弱く、女を守れないため、女が武器を持って戦わなくてはいけないから」という理由なのかもしれません。

ああ、ラオウのような男はいないかのう。ちなみに身体だけは強そうなダンナに、「ラオウのようになって!」と懇願すると、あっさり「ムリ」と切り捨てられました。当たり前か、私もユリヤにゃなれやしない。

テーマ : ひとりごと - ジャンル : ライフ

オンナの賞味期限

男も女もボーっとしてる間に歳をとりますが、人生のターニングポイントならぬ、身体のターニングポイントってのはあるもんです。
これは自分が意識して角を曲がるのではなく、「えっ、もしかして知らない間に角を曲がってた?」というぐらい、緩やかかつ大きな曲がり角なのです。

「何を言うか、この若造が」と思えるような20歳そこそこの女のコですら、「最近、もう足腰が痛くて」などとたわけた老化現象を訴えることがあるけど、これは詭弁ではなく、他ならぬ目に見えない老化現象の兆候なのかもしれません。

老化のベクトルがU字型だとすると、おそらく頂点のあたりは25~28歳ぐらい。しかし、実際はすでに20歳過ぎぐらいから緩やかなカーブを描き出しているわけで、それでもって、くだりのカーブの終了はだいたい30代後半に終了するわけです。で、その後は老化の一途を転げ落ち…。ああ…。

で、くしくもそのカーブが穏やかに始まり穏やかに終わるため、「あれ、カーブ、曲がったかも?」と本人が気づくのは、すでにカーブが終わって直線へと突入し始めたときなのです。
はい目に見えて、体の調子が悪くなります。病院代が目に見えて増えていきます。

もちろん、40代はおろか、50代でも60代でもステキな女性はたくさんいます。そこいらの小娘よりもずっと妖艶でセクシー、そして美しい大人の女がたくさんいます。彼女たちはもしかしてまだカーブを曲がってないんじゃないかとさえ思えます。
たしかに、彼女たちは女としてのターニングポイントは曲がっていない。っていうか、ターニングポイントがないのかもしれません。しかし、必ずいつかは死する運命を持つ人間に生まれたからには、身体のターニングポイントは避けられない。あんなにステキな人々でも、必ずや30代後半ごろに身体のターニングポイントは曲がりきったはずなのです。

オンナはその人の心意気や生き様でオンナの曲がり角を曲がらずにそのまま、オンナでいつづけることができる…と思います。いわば、女の賞味期限はない!しかし、生命体としてのターニングポイントは曲がらざるを得ない…。

先日、友人のケルピーとしみじみ酒を飲み交わしたとき、ケルピーがこんな話をしてくれました。
ケルピーのお母さんの大親友は、独身を貫き、今、悠々自適な生活を楽しんでいるのだそうです。もう80歳近いおばあちゃんですが、親友の子供ということで、いくつになってもケルピーの事を気にかけてくれているのだとか。

そのおばあちゃんが、ふと、漏らした言葉…。
「結婚というのは、何時でもできる。そう、60になったってできるのよ。でも、子供はそうは行かない。女には子供が産める時期は限られているからね。そのこと、よく考えたほうがいいよ」

ケルピーがこの言葉を聞いたのは、まだ30代前半の頃だったらしい。その頃、ケルピーは結婚していたが、まだまだ子供を産むつもりはなかったようです。そして、この言葉を聞いても「何言ってんの?」ぐらいにしか思わなかったと。

しかし、今、ケルピーは40代半ば。子供を産めるという括りとしては、かなりギリギリのラインの年齢。そして、今になって、その言葉を本当の意味で理解できる、というのです。

ケルピーは、子供を産める年齢のすでにかなり後半に差し掛かっている私に、「子宮外妊娠とか子宮筋腫とか、いろいろあったと思うけど、何らかの手段があるならどんな手を使っても子供を産んでおくべきだと思うよ」と穏やかに話してくれました。

女の賞味期限はない。でも、子を産む生命体としての活動期限はある。悲しいけどこれは事実。活動期限ギリのケルピーと妊娠困難な私ですが、こんな物事のわかった年上のオンナと一緒に妊娠&出産の体験ができれば、この上なく心強いのに…。と思うのでした。
っていうか、彼女の遺伝子は、後世に残すべきだと思うわ。この世のよりより発展のために。

テーマ : 日々のできごと - ジャンル : ライフ

二度目の腹切り

ウダウダ言っている間にますますでかくなった子宮筋腫くん。先週、身を切られる思いで(って、本当に切られたんだけど)、さよならをしました。超巨大子宮筋腫の摘出手術です

子宮筋腫の手術はいくつかあって、まあ、膣のほうから器具を入れて子宮を切り取るラパロがもっともダメージが少なくて好ましいのだけども、私は問答無用の開腹手術でした。
子宮筋腫がデカかったもんで…。

先週の月曜日、ダンナに連れられて家から車で約10分のところにある病院へ朝9時半にチェックイン。その後、そのまま病室で1時間ほど放って置かれましたが、やっと看護婦さんがきて、体重を量ったり、なにやらいろいろアレルギーや既往症に関する質問をしたり、服やパンツを手術しように着替えさせられたりしました。

手術の前夜から飲食を禁止されていたので、私の頭の中はすでに食べ物や飲み物のことばかり。喉なんかカラカラ。はやくさっさと手術してもらって、思い切り飲み食いしたい…と、相変わらず能天気なことばかり考えておりました。手術の不安?いやー、恥ずかしながら全くなく、ひたすら飲み食いのことばかり…。

そして、正午。やっと手術のときがやってきました。病室からベッドに寝たままゴロゴロと手術室まで運ばれ、オペ担当の看護婦さんから軽く挨拶されたり、麻酔医としゃべりったりしていたんですが、いつ麻酔されたのか、そのまま意識はフェイドアウト。気づけは病室に戻ってました。

ダンナが私の顔を覗き込み、手術がうまく行った事、何も心配することはないとの事、執刀医の先生から連絡を受けたと話しました。私は麻酔ですっかりラリっていたそうで、フガフガと訳のわからんことをダンナに言っていたそうです。

麻酔がそろそろ覚めた午後5時ごろ。ダンナが私に「そうかあ。そんなに子宮筋腫大きかったんかあ」と言いました。「へ?そうなの?そんなに大きかったんだ~」というと、ダンナは目を丸くして「お前が大きかったって言ったんだろ。こうやって手で子宮筋腫の形を作って、ごわごわしてたとか何とか言ってたぞ」とダンナ。「知らないよ。今まで寝てたんだから、そんなの見てない」とすかさず否定した私。
どうやら手術室から戻ったばかりの時、相当ラリっていたようで、みてもいない子宮筋腫の説明をダンナにしたのだとか。いくら酔っ払っても記憶が跳ぶことのない私は、麻酔って怖ええー、改めて思いました。

翌日、執刀医が病室に訪れ、傷口を見て満足そうに「もう明日退院してもいいよ」とのこと。『え、マジですか。開腹手術でっせ』と突っ込みたかったけど、とりあえず家に帰りたかったので、素直に退院に応じました。ご飯が食べたかったんだもん。

手術が終わればすぐにご飯を食べさせてもらえると思いきや、手術当日は絶食。水だけOK。さらに翌日も、朝ごはんと昼ごはんはスープだけ。もう、耐えられません。晩御飯になってやっと何か固形のものを食べさせてもらえたけど、今までの人生の中でほぼ2日間も断食したのは生まれて初めてでやんす。

傷口?そりゃあイタイですよ。だって20センチぐらい切ってますから…。でも、この際、痛みと食欲は別でしょう?って、これ私だけ?どんなときも食欲だけは立派なのです。

退院後1週間は、ほぼ寝たきりの生活を指示されていることもあり、今は毎日リビングのソファーに寝そべって過ごしてます。でも、ご飯だけはしっかり食べてますが。

いやあ、でも、ホント手術ってもうコリゴリだわ。もう、これ以上、腹切りたくない!だけど、もし妊娠したら、私の場合、確実に帝王切開なのよねえ。この子宮筋腫の開腹手術をしたら、否応なくそうなるらしい。
3度目の腹切りは、出産ということで、腹切りを打ち止めしたいです。あー、イタイ。

テーマ : 病気の体験報告、症状の日記 - ジャンル : ヘルス・ダイエット

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