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会社で築く自分のポジション

会社勤め2日目が無事終了。あー、久しぶりに外で仕事すると疲れるのう
人間関係等は全く問題なく、そういった意味のストレスはないけれども、新しく入社したら、少しでもデキル奴と思われようと、ついつい一生懸命仕事してしまうのよね。これって、真面目なのか、見栄張りなのか・・・。

1日目はどっと疲れて、家に帰ってもブログなんてチェックできるかい、って感じでしたが、今日はちょっとパワー残ってます。
2日目にして慣れたってことか?としたら、順応力抜群の三十路オンナ(後半)とおよび下せえ!

新しい環境に飛び込んだとき、知らず知らずのうちに遣ってしまうのが同僚ウォッチング
あー、どうやらあいつはこいつよりも立場的に強いらしい(役職関係なく)とか、会社のムードはあの人の機嫌を損なわなければ何とか好関係がキープできそうとか・・・。

で、私はどういう立場を狙っているかというと「わが道系」を狙ってます。人に甘えられることも甘えることもなく、自分の仕事をきちんとこなし、先に帰ろうが、何をしようが、誰からも特に注意されない(怖くて注意できない?)系、ってのが一番ラクかも。
今までも十分「我が道系」でしたが。この会社でもその立場をキープするのがよさそう。
さ、いっちょ、わが道でいってみるかあ。
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テーマ : 日々のできごと - ジャンル : ライフ

3●歳の手習い

来週火曜日より社会復帰が決まりました
で、編集業なんですがね、この手の会社はMacを使用が普通。しかし、私は今ではすっかりPCなので、まず、会社で使用するだろうと予測されるMacを何とかしなくちゃならん。

実はうちにはデスクトップとノートブック型をあわせるとコンピューターが7台ある。そのうちの5台はダンナのもので(※ダンナはIT業ではありません)、ダンナ保有のコンピュータのうち2つがMac
つまり、ダンナはMacPCも使う人。

そこで、いわゆる超のつく基本的な動作をダンナに教えてもらおうと思っているのだが、ちと、不安がよぎる

皆さん、ダンナに何かを教えてもらったり、習ったりしたことある?で、あるとして、愉快だった?

私のケースでいうと、いたって不愉快。最後には絶対に夫婦喧嘩になる。
私の場合、オーストラリアで車の免許をとるために、車の運転をダンナに教えてもらっていたのだが、もう、それ最悪
オーストラリアでは日本のような自動車教習所という便利なものはなく、2年以上運転免許を持っている人を横に乗せて、Learnersと呼ばれる教習者マークを車に貼り付けておれば、自動車の運転の練習ができるのだ。もちろん、それを仕事にしている人もいて、教えてくれる家族がいない場合は、プロの教習コーチを雇って車の運転を教えてもらうことになる。

で、私の場合、ダンナに教えてもらったというわけだが、もう、ウルサイし、偉そうだし、怒鳴るわ、怒るわ…、もう、練習の最後には口も聞かないほどの険悪ムード
あのときのことを思い出すと、Mac教習もなんとなくしり込みをしてしまう。

ダンナはきっと教師タイプではないのだ。つまり、教えるのが下手な人
遠い昔、大学生の頃、教職課程を履修していた友人が、元母校へ教育実習にいったところ、教壇に立ってひとつの問題の説明を終えた後、「もうみんなわかっていると思うけど、この答えは●●よ」と、朗々として生徒の前で発言したところ、後に教育実習に立ち会っていたプロの先生にひどく叱られたらしい。
「あなたは成績もよくて、一度説明されたらすぐに答えのわかる人なのかもしれない。でも、全ての生徒がそうじゃないの。一度説明されただけではわからない子もいるの。だから、決して、わかっているのが当然といったような発言はしちゃいけないのよ!」と。

ダンナは成績はあまりよくなかったと思うが(だって、大学だってスポーツ推薦で入ったんだもん←失礼発言?)自分ができることに対してはいたって厳しい。スポーツでも車の運転でも、とにかく「できないのが理解できない」といった態度をとるのよね。

そういえば、友人に元プロ野球選手がいるのだが、その友人が現役だった頃、王監督じきじきにバッティングのコーチを受けたらしい。
王監督いわく「こう玉が来るだろ、で、こうバットを振るだろ。ほら、これでホームランだ」と、至極当たり前にみんなの前でバットを振って見せたらしい。
「彼はコーチ向きではない。天才はコーチに最も向かない。だって、努力しなくたってデキル人、それが天才なんだから」とかなんとか、その友人は言っていた。まあ、今は王監督は監督であって、コーチではないから問題ないんだろうな。

まあ、王監督ほどの天才でないとしても、得手不得手が極端にある人に関しては、自分が得意なことがどうして他人ができないのかわからないのかもしれない。

ああ、また、ダンナに偉そうにMac教えてもらうことになるのかなあ…。あー。やだやだ。そうだ、今日こっそりダンナのMac触って予習しとこう←意味ないやん

テーマ : 日々出来事 - ジャンル : ライフ

オンナの仕事事情

これからの老人医療の発展や自分自身の健康によって若干読みは変わってくるかもしれないが、まあ、人の寿命が70~80歳という線であれば、私は今、人生の中間地点辺りにいるのだろう。
これからの人生を充実させるために、いろいろ策を練ってはいるのだが、子供を作って「家族団らん」を夢見るココロのほかに、「社会に深く関わっていきたい」とも考えている。社会とのかかわりはいろいろな形で実現するが、私の場合は、手っ取り早く、仕事で社会と関わろうとしている。

今朝、ダンナの仕事が休みだったので、二人で近くのカフェでコーヒーを飲んでいた。
私たち夫婦は、今、ある選択を迫られている。オーストラリアに残ってこのまま外国に骨をうずめる覚悟で将来設計をしていくか、もしくは日本に帰国して腰を落ち着けるか、という選択だ。

ダンナは長男・一人息子。日本には母親と姉がいる。姉が母のそばにいてくれることをいいことに私たち夫婦は10年好きなことをして暮していたのだ。

外国で暮らしていると、何者にも縛られず気ままな生活ができる。
しかし、気まま=きちんとした保証がない、ということでもある。裏を返せば、自由でいられるのは、自分たちが現地社会から見て蚊帳の外の存在であり、外国人だからということも言えるのだ。もちろん、現地社会に深く溶け込み、すっかりオーストラリア人としての生活をしている人もいる。しかし、少なくとも私たち夫婦は、めっちゃ日本人VERY JAPANESEなのだ。
社会や地元の住民と深く関われば関わるほど、そこにしがらみが発生し、束縛めいたものが生じる。ヒトと深く関わっていく以上、ルールが増えるのは当たり前のことだ。

ダンナはがんじがらめの束縛を嫌い、日本から海外に飛び出した人だったが、日本にいる母親や将来的な人生設計を頭に入れると、日本に帰国することが最も現実的に思えてくる。

で、「日本に帰ったらどういう生活ができるだろう」と二人で考えてみた。
子供ができたら(希望)私はしばらく子育てに専念するとして、その後、私は日本で働けるだろうか、という点だ。
今から妊娠して、子を産み、数年子育てを行うとすると、仕事復帰できるのは40代前半となる。

そこで、皆さんに質問!

地域性や仕事の質によってもモチロン異なってくるだろうが、今の日本の就職事情というのはどうなっているのだろう?
子持ちの40代のオンナが仕事を見つけたいと思う場合、実際の受け皿は結構あるのかな?

日本の転職サイトみたいなものを見ても、堂々と年齢制限を掲げている物が多いので、いったい熟れた大人のオンナはどうやって仕事を探しているのだろう…と疑問に思っているのだが。
それとも、皆、仕事をやめずに、産休を取って元の会社に戻るっていうのが、一般的なのかな?
皆さん、教えてください

テーマ : 家庭と仕事 - ジャンル : 結婚・家庭生活

あこがれの仕事

若かりし頃はどうしても見た目で仕事を選びがち。
やりたい仕事=カッコイイ仕事、というような価値判断だったような気がする。

そのミーハーが高じてマスコミ業界に就職したのだが、いまはすっかり足を洗ってのほほんと暮している。
もし、また、マスコミ業界に舞い戻れといわれたら(誰もいわないか…)「えー、それならフリーランスで書くだけなら」とかいって、ちょっとしり込みしてしまうかもしれない。
マスコミ業界、とくに流行り廃りを追いかけるようなミーハー系マスコミ業の場合、ある一定の年齢を超えると興味を持ち続けるのは難しい。興味があまりもてないところに、徹夜続きのハードな職務体系。そういった環境に身をおくのは、正直、もう体力も気力も…。

そう考えると、マスコミ業界ってのは、給料安いし、そのくせ仕事ハードだし、決してお勧めできる職場ではない。働く人のやる気だけが業界を支えているような気がする。
興味のあることならたとえ薄給だろうがなんだろうがお構いなしだが、人間ある程度まで歳をとると、そうそう安い給料で働けるほどカワイクはできていない。

世の中にはその仕事の専門性職務内容社会の貢献度が正当に評価されている職業もあれば、不当に評価されていると思われる職業もある。

たとえば、医者弁護士。これはどこに行っても先生様。それなりに経験をつめば、がっぽり儲けることもできるだろう。
彼等の仕事は正当に評価されている。しっかり儲けて当然なのだ。人の命を扱う、人の運命を扱う、いわば人を助ける仕事。そして、その仕事にまつわる責任の重圧やストレスたるや、私には想像もつかないほど大きいものかもしれない。

一方、日本でやや不当に判断されていると思われるのは、看護士さん
あれだけの専門知識が要求され、しかもハード。人を助け、勇気付け、臨機応変な判断力が要求される超プロフェッショナルな職業なのに、いまいち世間から正当に評価されていないような気がする。
私は病院にいく度に思うが、看護士はそこいらのビジネスマンなど足元に及ばぬほどのプロフェッショナルなのだ。

結構おいしいなあ、と思う仕事は大学教授
だって、自分の好きなことだけ勉強・研究して、「教授」とあがめられる。
しかも、大学に通う学生はすでに18歳以上だから、担当教授になったとしても、教育の仕方が云々かんぬんと保護者から攻めたてられることもないのだ。しかも、夏休みは2ヶ月間丸まる。自分の予定で気軽に授業も休講できる。なんとうらやましい仕事ではないか!

ダンナや友人と、子供の頃の話をする時、私はいつもいう。
もし、あと20年ほど時が後退したなら、今度は迷わず大学教授になれるように勉強すると。
大学の学部を卒業し、大学院を終了し、講師から助教授、そして教授の道へ…。
医者や弁護士には、もしなれたとしても、そのストレスについていけそうにないので目指そうとは思わないが、大学教授はホントにいい職業じゃ!

甘いでしょうか?
大学教授もいろいろストレスたまるでしょうか。大学教授を目指している方、すでに大学教授の方がいらっしゃったら、ぜひ、その実態を教えてください。

テーマ : 夢へ向かって - ジャンル : 就職・お仕事

いい加減な日本企業へ怒り爆発

ヒポの取引先に日本のとある旅行関連会社があるのだが、信じられないぐらい、ズボラで人任せである。ヒポのイメージでは、「日本人はきっちりしていて仕事も細かい=信頼できる」という図式があったのだが、取引先の旅行関連会社と仕事をするにつけ、決してそれは真実ではないと感じる。

取引先のAさんは、一応、その会社の代表である。しかし、仕事が遅いしいい加減だ。そして、自分の仕事の遅さやミスが招いたトラブルの処理を、人に押し付けようとする。とにかく図々しい。

日本人がオーストラリアに来たときに、よくいわれるのは、「オーストラリア人はレイジー(怠惰)で、いい加減。あまり働かない」などと聞くことが多いと思うが、私から言わせると笑止千万。日本の勤め人のほうがよっぽどいい加減である。

オージーは自分の仕事をほっぽらかして、仕事の尻拭いを他人にさせることなどない。もちろん、中にはどうしようもない人もいるのだろうが、一般的には、どんな職業についているにせよ、プロ意識がある。自分の仕事をよくわかっているし、自分の仕事の範疇のことは自分の責任として片付ける。人のせいや会社のせいにしない。

しかし、Aさんの場合、自分の仕事の境界線がどこなのかよくわかっていないのか、それとも、仕事に対する責任感が極端に薄いのか知らないが、とにかく人に迷惑をかける。それで、その会社の代表をやっているというのだから恐れ入る。

もちろん、これはAさんの話だが、しかし、日本の企業人の中にはAさんに近い人がたくさんいる。いい加減なのである。できないことをできるといってしまい、他の人に押し付けて自分はいい顔をする。トラブルを発生させないために事前に伝えていることを、正確に当事者に報告しない。もしくは、全く報告しない。リスクマネジメントが全くできていない。オーストラリアで働いていたら、間違いなく訴えられるぞ!Aさん。

何かトラブルがあっても、「すみませんでした」で許してもらえると思っている。自分の問題を会社の問題に摩り替える。「僕のミスは会社のミス。会社が謝るから許して」といった、ぶっ飛びモノの責任感のなさ。「今後、気をつけます」といって、許してもらえるのは、社会人1年目のド新人だけだよ。

今のプロジェクトが終わったら、二度とAさんとは仕事はしないつもり。Aさんと一緒に仕事するだけで、フツーの仕事の3倍は手が掛かる。はっきりいって、迷惑です。いまだに怒りがおさまらない。プロとプロの仕事として、信頼で成り立っているオーストラリアのビジネスを汚すな!バカヤロー。
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