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Exhausted
ダメだ。疲れてます。これ、何事?寝ても寝ても疲れが取れない。今頃、産後の疲れが出たのでしょうか?
ゴミを捨てに行くのもしんどい。ヒポ子の世話だけでアップアップ。掃除もできないしテレビを見る元気もない。現在何とか、少しだけ元気を取り戻し、ブログを更新しているしだいです。
今日、ついに病院で血液検査をしてきました。私のカラダで悪さをしているのは何だ?鉄分不足か?甲状腺か?それとも…もしや更年期障害か…(汗)?結果は1週間後。
実は5月の3日から2週間ほど日本帰国予定。もちろんヒポ子連れですが、ダンナはお留守番。それまでに何とか体力を回復せねば。日本でぶっ倒れるのだけはヤダ。
昔、カラダの調子が悪くなったとき、シドニーの病院にいって「もしかして腎臓かもしれない!」と大騒ぎしたことがあります。10年以上前の話。医者も心配して、血液検査をした結果、ひとこと「運動不足です」といわれたことがあります…。
今回もまさか、そんな結末じゃあないように…。っていうか、病気よりもそっちのほうがよっぽどマシか。
ああ、また横になってようっと。
ゴミを捨てに行くのもしんどい。ヒポ子の世話だけでアップアップ。掃除もできないしテレビを見る元気もない。現在何とか、少しだけ元気を取り戻し、ブログを更新しているしだいです。
今日、ついに病院で血液検査をしてきました。私のカラダで悪さをしているのは何だ?鉄分不足か?甲状腺か?それとも…もしや更年期障害か…(汗)?結果は1週間後。
実は5月の3日から2週間ほど日本帰国予定。もちろんヒポ子連れですが、ダンナはお留守番。それまでに何とか体力を回復せねば。日本でぶっ倒れるのだけはヤダ。
昔、カラダの調子が悪くなったとき、シドニーの病院にいって「もしかして腎臓かもしれない!」と大騒ぎしたことがあります。10年以上前の話。医者も心配して、血液検査をした結果、ひとこと「運動不足です」といわれたことがあります…。
今回もまさか、そんな結末じゃあないように…。っていうか、病気よりもそっちのほうがよっぽどマシか。
ああ、また横になってようっと。
皮算用
ヒポ子も今月25日で6ヶ月になり、すっかりママ界にどっぷりと漬かっています。昔から「なぜ小さな子供のいるオンナたちはやたら集うのか」と不思議に思っていましたが、今、そのなぞが解けました。
ズバリ、子供と二人きりで過ごす時間が長すぎて、間が持たないわけです。生後まもなくのころは、出かけるなんてとんでもないほど忙しい日々をすごすもんですが、子供も4ヶ月ごろを過ぎると、世話にもなれるし、子供もあまり昼寝をせずによく遊びます。となると、子供と一緒に遊ぶのは、必然的に家にいる母親の役目となるのですが、「いないいないばあ」や「よしよしだっこ」程度では、4時間も5時間も遊びが持ちません。
そうなると、同じ月齢ぐらいの子供を持つ母親同士が集い、そのマンネリ化したお遊びに新しい風を入れたくなるわけです。
それとともに、先のことをより現実的に考え始めるのもこのころ。今までは目先のことに追われて、先のことを考える余裕もあまりなかったのですが、そろそろ時間ができてきたからなのか、またもや関西出身のオンナらしく金儲けの算段を目論んだりします。
産休で会社に戻る予定の人は、はじめからしっかり復帰計画がありますが、私はフリーランスで原稿を書いたり、家でほそぼそ起業していたようないい加減な身の上ですから、また一からのプランニングが必要です。
就職することを考えないでもありませんが、正直、今のシドニーではキツイかも。いわずとしれた大不況に加え、外国人であり、子持ちの40オンナとなると、新たに就職するのは結構厳しそう。となると、「またもや起業か?」と、行き着くところは金儲けの算段となってしまうわけで…。
オーストラリアは仕事事情は悪くありません。しっかりした企業に入ると、かなりの収入が見込めます。普通に仕事してればそれなりに稼げます。なんてったって、政府の定めた最低賃金のベースが高い。スーパーのレジ打ちで時給1800円ぐらいもらえるのです。
それでももちろんダークサイドはあります。オーストラリアに暮らすほとんどの日本人はこのダークサイドにいるといっていいでしょう。オーストラリアで幼少期から教育を受けた本物のバイリンガルでない限り、やはり日本人の英語は外国語の域をでません。手に職系の仕事は別にして、一般の企業に勤める事務やら営業やら企画やらは、下手な英語を話す外国人よりもコミュニケーションがスムーズなオージーを雇うほうがいいに決まってます。
これは、日本でも同じこと。流暢に思えてもやはり外国人の話す日本語はちょっと違和感があることがほとんど。よほどのスキルが認められない限り、同じ能力を持った2人がいれば、母国語として日本語を流暢に話す人のほうを採用するでしょう。
オーストラリアでもまったく同じことが言えます。で、そのエセバイリンガルの日本人はどうするのかというと、やはり日系企業に勤めるか、日本語を必要とされるポジションにつくか、のいずれかとなります。そして、その場合、往々にして給料が安い。現地のオージー企業に勤める人たちの3分の2ぐらいかもしれません。いや、ひどいところでは半分ぐらいかも。
これ、驚くことに日本の名だたる一流企業のオーストラリア支社でも、同じようなことが起こっています。現地に暮らす日本人を安くたたいて使う。オーストラリアの最低賃金に反しているケースがほとんどといえます。でも、それらがおおっぴらにならないのはどうしてか。それは、日本企業に勤めるしかない現地の日本人が、その数少ない職場を奪われることを恐れて沈黙を守っているからかも知れません。
こういう事情があるからなのか、オーストラリアに滞在しているのは20代〜30代前半の若いオトナたちが多いのです。というのは、ある程度の歳になると、薄給でこき使われることに嫌気がさすだけでなく、子供なんかができると実際に生活ができなくなるのです。それで、日本に帰国する40代日本人が続々と後を絶ちません。そして、永住組は女性のほうが圧倒的に多い。これは、オージー男性と結婚して経済的安定を得ることができるからでしょうね。
日本人男性?ご想像どおり、日本人男性とオージー女性のカップルは稀です。残念ながら日本人男はモテないんだなあ。日本人の男は、実に精神的に幼稚な人が多いので、オトナの男を好むオージーにバカにされてしまうわけです。
さて、40歳を超えた日本人夫を持つ我が家。このままオーストラリアでハッピーに暮らすには「やはりここで私が稼がにゃあならん!」。てなわけで、ヒポ子が1歳半〜2歳になるころを見計らって、金儲け大作戦を練っております。
夢破れて日本に帰国したとしても皆さん暖かく迎えてください…。でも、景気の冷え込んだ日本に帰っても、そこにはさらに厳しい状況が待ってるだけだったりして。でも、ヒポ子のために母ちゃん、がんばるよ!
ズバリ、子供と二人きりで過ごす時間が長すぎて、間が持たないわけです。生後まもなくのころは、出かけるなんてとんでもないほど忙しい日々をすごすもんですが、子供も4ヶ月ごろを過ぎると、世話にもなれるし、子供もあまり昼寝をせずによく遊びます。となると、子供と一緒に遊ぶのは、必然的に家にいる母親の役目となるのですが、「いないいないばあ」や「よしよしだっこ」程度では、4時間も5時間も遊びが持ちません。
そうなると、同じ月齢ぐらいの子供を持つ母親同士が集い、そのマンネリ化したお遊びに新しい風を入れたくなるわけです。
それとともに、先のことをより現実的に考え始めるのもこのころ。今までは目先のことに追われて、先のことを考える余裕もあまりなかったのですが、そろそろ時間ができてきたからなのか、またもや関西出身のオンナらしく金儲けの算段を目論んだりします。
産休で会社に戻る予定の人は、はじめからしっかり復帰計画がありますが、私はフリーランスで原稿を書いたり、家でほそぼそ起業していたようないい加減な身の上ですから、また一からのプランニングが必要です。
就職することを考えないでもありませんが、正直、今のシドニーではキツイかも。いわずとしれた大不況に加え、外国人であり、子持ちの40オンナとなると、新たに就職するのは結構厳しそう。となると、「またもや起業か?」と、行き着くところは金儲けの算段となってしまうわけで…。
オーストラリアは仕事事情は悪くありません。しっかりした企業に入ると、かなりの収入が見込めます。普通に仕事してればそれなりに稼げます。なんてったって、政府の定めた最低賃金のベースが高い。スーパーのレジ打ちで時給1800円ぐらいもらえるのです。
それでももちろんダークサイドはあります。オーストラリアに暮らすほとんどの日本人はこのダークサイドにいるといっていいでしょう。オーストラリアで幼少期から教育を受けた本物のバイリンガルでない限り、やはり日本人の英語は外国語の域をでません。手に職系の仕事は別にして、一般の企業に勤める事務やら営業やら企画やらは、下手な英語を話す外国人よりもコミュニケーションがスムーズなオージーを雇うほうがいいに決まってます。
これは、日本でも同じこと。流暢に思えてもやはり外国人の話す日本語はちょっと違和感があることがほとんど。よほどのスキルが認められない限り、同じ能力を持った2人がいれば、母国語として日本語を流暢に話す人のほうを採用するでしょう。
オーストラリアでもまったく同じことが言えます。で、そのエセバイリンガルの日本人はどうするのかというと、やはり日系企業に勤めるか、日本語を必要とされるポジションにつくか、のいずれかとなります。そして、その場合、往々にして給料が安い。現地のオージー企業に勤める人たちの3分の2ぐらいかもしれません。いや、ひどいところでは半分ぐらいかも。
これ、驚くことに日本の名だたる一流企業のオーストラリア支社でも、同じようなことが起こっています。現地に暮らす日本人を安くたたいて使う。オーストラリアの最低賃金に反しているケースがほとんどといえます。でも、それらがおおっぴらにならないのはどうしてか。それは、日本企業に勤めるしかない現地の日本人が、その数少ない職場を奪われることを恐れて沈黙を守っているからかも知れません。
こういう事情があるからなのか、オーストラリアに滞在しているのは20代〜30代前半の若いオトナたちが多いのです。というのは、ある程度の歳になると、薄給でこき使われることに嫌気がさすだけでなく、子供なんかができると実際に生活ができなくなるのです。それで、日本に帰国する40代日本人が続々と後を絶ちません。そして、永住組は女性のほうが圧倒的に多い。これは、オージー男性と結婚して経済的安定を得ることができるからでしょうね。
日本人男性?ご想像どおり、日本人男性とオージー女性のカップルは稀です。残念ながら日本人男はモテないんだなあ。日本人の男は、実に精神的に幼稚な人が多いので、オトナの男を好むオージーにバカにされてしまうわけです。
さて、40歳を超えた日本人夫を持つ我が家。このままオーストラリアでハッピーに暮らすには「やはりここで私が稼がにゃあならん!」。てなわけで、ヒポ子が1歳半〜2歳になるころを見計らって、金儲け大作戦を練っております。
夢破れて日本に帰国したとしても皆さん暖かく迎えてください…。でも、景気の冷え込んだ日本に帰っても、そこにはさらに厳しい状況が待ってるだけだったりして。でも、ヒポ子のために母ちゃん、がんばるよ!
オトナの決意
またもやうかうかしているうちに、月日がどーんと流れてしまった。
もう、3月。ああ、3月。私の生まれ月じゃあございませんか。ということは、私は今月末にはしじゅうになるわけです。オホホ…。オトナ、オトナ。かなりオトナ。
あれから、ヒポ子の世話とダイエットに明け暮れる毎日。ダイエットっていっても、月〜金まで一日20〜30分、Wii Fitでエクササイズをし、食事をちょっと意識して炭水化物を減らしているだけです。初めは体重は微動だにしなかったんですが、なぜかここ1週間でちょこっとやせ始めて、現在、ダイエット開始から約1ヶ月がたち、2.5キロほどやせました。うおーっ。15キロ減の目標までにはまだ道のりははるか遠いけど、ちょっとうれしいぞーっ。この調子なのだ。この調子でスリムママを目指すのだーっ。
ヒポ子が生まれて5ヶ月が過ぎ、いまさらですが、子持ちになったことによる自分の中の変化にちょっと驚いてます。
ダイエット宣言とはまったくかけ離れたトピックのようですが、実はつながりはあるんですよ。と、いうのは、痩せたい理由が変わったこと。子が生まれるまで、痩せたい一番の理由は、基本的に自分の見た目のため。つまりキレイになりたい。デブは恥ずかしい、という意識で痩せたいと思ってました。まあ、その中に10%ぐらいはダンナのために痩せてあげようっていうのもあったかな。
今は違います。やせるのはひとえにヒポ子のため。歳をとった高齢ママでしかも移民でデブとなると、ヒポ子がかわいそうっす。そう、ヒポ子にとって恥ずかしいママになりたくない。友達にも紹介してもらえないようなアグリーママになりたくないんです。このままでは、マズイ。ってなことで、いつもよりちょっとまじめにダイエット計画を練ってるわけです。
さらには、命に対する考え方も変わってきました。もともと私は悲観主義者というか、命に対してあまり執着がないタイプでした。いつ死んでもいいと思ってました。
その昔、ノストラダムスの大予言があったとき、1999年に人類滅亡の予言をまるで福音のように思っていたこともあります。ああ、よかった。これでこの先の長い人生に苦しまずにキレイに終われる。…と。
また、60歳過ぎたらぽっくり逝きたい、とも思ってました。歳をとって長患いしたり、経済的負担をかけたりして、家族に迷惑をかける前にぽっくり逝きたいと思ってたんです。
が、ヒポ子が生まれてからは、なるべく長く生きて、この子の後ろ盾になってあげたいと思うようになりました。
経済的不安に関する観点も異なります。いままでは、ただ、老後に貧乏するのがいやで、どうしようどうしよう、と漠然とした不安に怯えていただけでしたが、今は、自分たち夫婦が老後にどこでのたれ死のうがかまわないけど、ヒポ子に迷惑をかけるのはイヤ。だから少しでもいい方向に生活が向かうように、頭とカラダを使ってガンバル。いつでもヒポ子にとっては頼れる親でいてあげたい、と切に願うようになったのです。
ハイ。私たち夫婦は、ヒポ子のおかげでやっとオトナになりました。いわば、しじゅうになってやっとオトナの仲間入りです。遅いスタートですが、人生の頑張りどころはこれからです。いままでサボってた分、いろいろキツイこともあるかもしれませんが、のたれ死ぬまで頑張ります。と、決意を新たにするしじゅうオンナなのでした。
もう、3月。ああ、3月。私の生まれ月じゃあございませんか。ということは、私は今月末にはしじゅうになるわけです。オホホ…。オトナ、オトナ。かなりオトナ。
あれから、ヒポ子の世話とダイエットに明け暮れる毎日。ダイエットっていっても、月〜金まで一日20〜30分、Wii Fitでエクササイズをし、食事をちょっと意識して炭水化物を減らしているだけです。初めは体重は微動だにしなかったんですが、なぜかここ1週間でちょこっとやせ始めて、現在、ダイエット開始から約1ヶ月がたち、2.5キロほどやせました。うおーっ。15キロ減の目標までにはまだ道のりははるか遠いけど、ちょっとうれしいぞーっ。この調子なのだ。この調子でスリムママを目指すのだーっ。
ヒポ子が生まれて5ヶ月が過ぎ、いまさらですが、子持ちになったことによる自分の中の変化にちょっと驚いてます。
ダイエット宣言とはまったくかけ離れたトピックのようですが、実はつながりはあるんですよ。と、いうのは、痩せたい理由が変わったこと。子が生まれるまで、痩せたい一番の理由は、基本的に自分の見た目のため。つまりキレイになりたい。デブは恥ずかしい、という意識で痩せたいと思ってました。まあ、その中に10%ぐらいはダンナのために痩せてあげようっていうのもあったかな。
今は違います。やせるのはひとえにヒポ子のため。歳をとった高齢ママでしかも移民でデブとなると、ヒポ子がかわいそうっす。そう、ヒポ子にとって恥ずかしいママになりたくない。友達にも紹介してもらえないようなアグリーママになりたくないんです。このままでは、マズイ。ってなことで、いつもよりちょっとまじめにダイエット計画を練ってるわけです。
さらには、命に対する考え方も変わってきました。もともと私は悲観主義者というか、命に対してあまり執着がないタイプでした。いつ死んでもいいと思ってました。
その昔、ノストラダムスの大予言があったとき、1999年に人類滅亡の予言をまるで福音のように思っていたこともあります。ああ、よかった。これでこの先の長い人生に苦しまずにキレイに終われる。…と。
また、60歳過ぎたらぽっくり逝きたい、とも思ってました。歳をとって長患いしたり、経済的負担をかけたりして、家族に迷惑をかける前にぽっくり逝きたいと思ってたんです。
が、ヒポ子が生まれてからは、なるべく長く生きて、この子の後ろ盾になってあげたいと思うようになりました。
経済的不安に関する観点も異なります。いままでは、ただ、老後に貧乏するのがいやで、どうしようどうしよう、と漠然とした不安に怯えていただけでしたが、今は、自分たち夫婦が老後にどこでのたれ死のうがかまわないけど、ヒポ子に迷惑をかけるのはイヤ。だから少しでもいい方向に生活が向かうように、頭とカラダを使ってガンバル。いつでもヒポ子にとっては頼れる親でいてあげたい、と切に願うようになったのです。
ハイ。私たち夫婦は、ヒポ子のおかげでやっとオトナになりました。いわば、しじゅうになってやっとオトナの仲間入りです。遅いスタートですが、人生の頑張りどころはこれからです。いままでサボってた分、いろいろキツイこともあるかもしれませんが、のたれ死ぬまで頑張ります。と、決意を新たにするしじゅうオンナなのでした。
もうひとつの非常事態宣言
子供が生まれてからのこの数ヶ月、私の中では「非常事態宣言」が発動されており、毎日が厳戒態勢の戦争状態だったのですが、このところやっと赤ん坊との生活が私の日常となりつつあります。
もともとあまり出なかった母乳をあきらめ、数日前から完全に粉ミルクオンリーへ移行し、哺乳瓶その他の消毒生活も終わりにしました。
粉ミルクオンリーになって少しの間、ヒポ子は拗ねておりました。ミルクを嫌がって飲まなくなったのです。「どうしよう、どうしよう!」とあせりましたが、いつも使っている粉ミルクとは別のメーカーのミルクを購入し、いつものものと交互にあげてみたら、食欲が戻りました(ホッ)。
赤ちゃんによっては粉ミルクのメーカーや哺乳瓶の形が変わると飲まなくなる子もいるらしいですが、うちのヒポ子の場合は、どうやら毎回同じ味っていうのが気に入らなかったようです。母乳は、母親が食べたものによって微妙に味が変わるけど、粉ミルクは判を押したように同じ味だもんね。ヒポ子、あんたは味のわかる女だ!(親バカ登場)
ってなわけで、母乳期間も終わったことだし、ここにダイエット宣言いたします!まあ、オーストラリアに来てから徐々に太ってはいたのですが、1年半ほど前からは許せないレベルになりました。
体重のレッドゾーンに突入したのは思えば2007年の半ばごろでした。そう、子宮外妊娠の時から。思わぬことで致し方なく腹を切り手術をした私。術後はしばらく動けず、運動は6週間後ぐらいからとされました。カラダはまだ妊娠モードなので太りやすい上、動けない。ここででぶスイッチが入ったのです。
で、やっときびきび動いてもよしとされた6週間後、次なる手術が待っていました。子宮筋腫摘出手術です。またもや腹切り。術後安静。さらに脂肪を蓄えます…。
さあ、術後の安静期間が終わり、誘惑の多い年末が過ぎたと思ったそのとき、ヒポ子の妊娠。ご存知のとおり、妊娠中はつわりなどほとんどない元気妊婦だったため、妊娠3ヶ月ですでにドスドスとしておりました。
…さて皆さん。2007年半ばから蓄えた脂肪…なんとその総量は25キロ以上に上ります。ヒポ子を産んでも6キロぐらいしか減らなかったし、産後の母乳やりでやせると思いきや、母乳が思うように出ず、ちっともやせない。で、現在、10キロしか減ってません。っつうことは、まだ15キロ私のカラダに脂肪がしがみついているわけです。しかも乳やりが終了した今、もう、自力でダイエットするしかないわけで。
ヒポ子がいて、外で運動するのはなかなか思うように行かないため、渋い顔をするだんなを説得してWiiを購入。現在、短時間ながらチマチマとWii Fitでリハビリしてます。設定目標は半年で10キロ減…ですが、…な、何か…?
今回ばかりは頑張ります!本当に現在、レッドゾーンを振り切ってブラックゾーンに足を踏み入れております。今度は私のカラダが非常事態宣言だわ。はっきりいって今の私は見た目がキタナイ(汗)。
これ、行けた!というダイエット法がありましたら、どんどんアドバイスください。現在はWiiと低GI作戦のみです。効果がいまいち現れないのよねえ。
もともとあまり出なかった母乳をあきらめ、数日前から完全に粉ミルクオンリーへ移行し、哺乳瓶その他の消毒生活も終わりにしました。
粉ミルクオンリーになって少しの間、ヒポ子は拗ねておりました。ミルクを嫌がって飲まなくなったのです。「どうしよう、どうしよう!」とあせりましたが、いつも使っている粉ミルクとは別のメーカーのミルクを購入し、いつものものと交互にあげてみたら、食欲が戻りました(ホッ)。
赤ちゃんによっては粉ミルクのメーカーや哺乳瓶の形が変わると飲まなくなる子もいるらしいですが、うちのヒポ子の場合は、どうやら毎回同じ味っていうのが気に入らなかったようです。母乳は、母親が食べたものによって微妙に味が変わるけど、粉ミルクは判を押したように同じ味だもんね。ヒポ子、あんたは味のわかる女だ!(親バカ登場)
ってなわけで、母乳期間も終わったことだし、ここにダイエット宣言いたします!まあ、オーストラリアに来てから徐々に太ってはいたのですが、1年半ほど前からは許せないレベルになりました。
体重のレッドゾーンに突入したのは思えば2007年の半ばごろでした。そう、子宮外妊娠の時から。思わぬことで致し方なく腹を切り手術をした私。術後はしばらく動けず、運動は6週間後ぐらいからとされました。カラダはまだ妊娠モードなので太りやすい上、動けない。ここででぶスイッチが入ったのです。
で、やっときびきび動いてもよしとされた6週間後、次なる手術が待っていました。子宮筋腫摘出手術です。またもや腹切り。術後安静。さらに脂肪を蓄えます…。
さあ、術後の安静期間が終わり、誘惑の多い年末が過ぎたと思ったそのとき、ヒポ子の妊娠。ご存知のとおり、妊娠中はつわりなどほとんどない元気妊婦だったため、妊娠3ヶ月ですでにドスドスとしておりました。
…さて皆さん。2007年半ばから蓄えた脂肪…なんとその総量は25キロ以上に上ります。ヒポ子を産んでも6キロぐらいしか減らなかったし、産後の母乳やりでやせると思いきや、母乳が思うように出ず、ちっともやせない。で、現在、10キロしか減ってません。っつうことは、まだ15キロ私のカラダに脂肪がしがみついているわけです。しかも乳やりが終了した今、もう、自力でダイエットするしかないわけで。
ヒポ子がいて、外で運動するのはなかなか思うように行かないため、渋い顔をするだんなを説得してWiiを購入。現在、短時間ながらチマチマとWii Fitでリハビリしてます。設定目標は半年で10キロ減…ですが、…な、何か…?
今回ばかりは頑張ります!本当に現在、レッドゾーンを振り切ってブラックゾーンに足を踏み入れております。今度は私のカラダが非常事態宣言だわ。はっきりいって今の私は見た目がキタナイ(汗)。
これ、行けた!というダイエット法がありましたら、どんどんアドバイスください。現在はWiiと低GI作戦のみです。効果がいまいち現れないのよねえ。
怒涛の一月
あれやこれや、あたふたしている間に、もう1月も下旬に差し掛かってしまいました。気が付くと3週間近くブログを放置しておりました。ああ、みなさん、私のことを忘れないで・・・。
子ができて初めての正月を迎えたこともあり、生まれてはじめて張り切っておせちもどきを作りました。結局食べたのは元旦だけだけど、まあ、雰囲気ってことでね。味のほうは深く追求しないでください。
で、翌日の2日は、うちのヒポ子の生誕100日目。そう、「お食い初め」でした。日本なら、鯛の尾頭付きをどーんと用意しためでたいお膳が待っているのでしょうが、季節も違えば食材も違うってんで、うちのお食い初めはロブスター、オイスター、ビーフステーキにスモークサーモンと、すっかり洋風。で、+赤飯・・・このメニューに全く合わないけど、まあ、縁起もんってコトで。
で、正月も落ち着いてやれやれと思っていると、ダンナの母&姉がシドニーに到着。滞在中はヒポ子も大変だけど、もちろんこの私もえらく大変でした。ヒポ子はいい子ちゃんになったものの、毎日あれやこれやとつれまわされ、また、家にいるときも、ヒポ子はたえず大人たちの相手をしなくてはならず、もうクタクタ。疲れすぎてゴキゲン斜め。そうなるととばっちりを受けるのが、寝かしつけ係の私なのよねえ。
さらに、ヒポ子がまさかの病気にかかり、嘔吐と下痢でもう大変。まだまだチビなので、ちょっとした病気でもこじらすと大事です。あわてて病院に連れて行き、診察してもらいましたが、もう不安で不安でたまりませんでした。
「このまま、ヒポ子が死んだらどうしよう。もしかして髄膜炎とかになって、障害が残ったらどうしよう」・・・。そんな不安が振り払っても振り払っても襲ってきます。時を同じくして、私はなんと食中毒のような症状に教われました。39度の高熱&下痢。フラフラになりながらヒポ子を看病していましたが、ダンナが仕事から帰ってくると、泣きつくように助けを求め、ヒポ子の看病を変わってもらったりしました。
仕事が忙しい上に、子供の看病を押し付けられたからなのか、ダンナが私にひとこと。「病気になるのは自己管理がなってないせい。自分の責任や。オレなんか熱が出てしんどくても、当日仕事を休んだり出来へんねんぞ」と。
はっきりいって、わがダンナながら情けなかった。高熱とひどい症状で息も絶え絶えの人に向かっていう言葉じゃない。もちろん、大喧嘩になりました。だって、病気のときや弱っているときに頼りにできないのなら、何のための家族なのか。本当に頭に来たと同時に、もしかしてうちのダンナは時や状況をうまく見極められない「アホ」なのではないかとさえ思いました。(注)ここでいう「アホ」は本当に頭が悪いという意味の「アホ」であって、関西にありがちな情愛を示す表現としての「アホ」ではありません。
しんどいのと頭にきたのとで、超気分悪く一夜を過ごすと、なんと翌朝、ダンナが高熱と嘔吐・下痢に見舞われておりました。
「ざまあみやがれ」
這うようにして仕事に行ったものの、途中でリタイヤして早退して戻ってきた上、翌日も病欠に。いってることとちがうやん。
「病気になるのは自己管理がなってないせい。自分の責任よ。私なんか熱が出てしんどくても、ヒポ子の世話は休んだり出来へんねんから」とそっくりそのまま言い返してやろうかと思いましたが、ここは、よりダンナを深く反省させるために、いっさい嫌味はいわずに必要以上にやさしく看病してやりました。フフン。そうしたら、「昨夜、ヒポにひどいことをいった罰が当たった」とかなんとか、猛反省しておりました。おう、真剣に反省しろよ。このまま家族でいて欲しかったらな(怒)。
で、結局、親子3人とも次々と病気になったのですが、これ、どうやら食あたりではなく、ヒポ子のウィルス性胃腸炎が親2人にうつった様子。ヒポ子の世話をしてオムツを替えたりしていると、どうしてもウィルス感染するのよね。
ともあれ、バタバタの年明けでございましたが、ヒポコももうすぐ4ヵ月になります。あれから、ますます体重が増えたうえ、立派な眉毛が生えてきたので、最近はよく男の子と間違えられます(凹)。あんなにフェミニンだったのに・・・。

子ができて初めての正月を迎えたこともあり、生まれてはじめて張り切っておせちもどきを作りました。結局食べたのは元旦だけだけど、まあ、雰囲気ってことでね。味のほうは深く追求しないでください。
で、翌日の2日は、うちのヒポ子の生誕100日目。そう、「お食い初め」でした。日本なら、鯛の尾頭付きをどーんと用意しためでたいお膳が待っているのでしょうが、季節も違えば食材も違うってんで、うちのお食い初めはロブスター、オイスター、ビーフステーキにスモークサーモンと、すっかり洋風。で、+赤飯・・・このメニューに全く合わないけど、まあ、縁起もんってコトで。
で、正月も落ち着いてやれやれと思っていると、ダンナの母&姉がシドニーに到着。滞在中はヒポ子も大変だけど、もちろんこの私もえらく大変でした。ヒポ子はいい子ちゃんになったものの、毎日あれやこれやとつれまわされ、また、家にいるときも、ヒポ子はたえず大人たちの相手をしなくてはならず、もうクタクタ。疲れすぎてゴキゲン斜め。そうなるととばっちりを受けるのが、寝かしつけ係の私なのよねえ。
さらに、ヒポ子がまさかの病気にかかり、嘔吐と下痢でもう大変。まだまだチビなので、ちょっとした病気でもこじらすと大事です。あわてて病院に連れて行き、診察してもらいましたが、もう不安で不安でたまりませんでした。
「このまま、ヒポ子が死んだらどうしよう。もしかして髄膜炎とかになって、障害が残ったらどうしよう」・・・。そんな不安が振り払っても振り払っても襲ってきます。時を同じくして、私はなんと食中毒のような症状に教われました。39度の高熱&下痢。フラフラになりながらヒポ子を看病していましたが、ダンナが仕事から帰ってくると、泣きつくように助けを求め、ヒポ子の看病を変わってもらったりしました。
仕事が忙しい上に、子供の看病を押し付けられたからなのか、ダンナが私にひとこと。「病気になるのは自己管理がなってないせい。自分の責任や。オレなんか熱が出てしんどくても、当日仕事を休んだり出来へんねんぞ」と。
はっきりいって、わがダンナながら情けなかった。高熱とひどい症状で息も絶え絶えの人に向かっていう言葉じゃない。もちろん、大喧嘩になりました。だって、病気のときや弱っているときに頼りにできないのなら、何のための家族なのか。本当に頭に来たと同時に、もしかしてうちのダンナは時や状況をうまく見極められない「アホ」なのではないかとさえ思いました。(注)ここでいう「アホ」は本当に頭が悪いという意味の「アホ」であって、関西にありがちな情愛を示す表現としての「アホ」ではありません。
しんどいのと頭にきたのとで、超気分悪く一夜を過ごすと、なんと翌朝、ダンナが高熱と嘔吐・下痢に見舞われておりました。
「ざまあみやがれ」
這うようにして仕事に行ったものの、途中でリタイヤして早退して戻ってきた上、翌日も病欠に。いってることとちがうやん。
「病気になるのは自己管理がなってないせい。自分の責任よ。私なんか熱が出てしんどくても、ヒポ子の世話は休んだり出来へんねんから」とそっくりそのまま言い返してやろうかと思いましたが、ここは、よりダンナを深く反省させるために、いっさい嫌味はいわずに必要以上にやさしく看病してやりました。フフン。そうしたら、「昨夜、ヒポにひどいことをいった罰が当たった」とかなんとか、猛反省しておりました。おう、真剣に反省しろよ。このまま家族でいて欲しかったらな(怒)。
で、結局、親子3人とも次々と病気になったのですが、これ、どうやら食あたりではなく、ヒポ子のウィルス性胃腸炎が親2人にうつった様子。ヒポ子の世話をしてオムツを替えたりしていると、どうしてもウィルス感染するのよね。
ともあれ、バタバタの年明けでございましたが、ヒポコももうすぐ4ヵ月になります。あれから、ますます体重が増えたうえ、立派な眉毛が生えてきたので、最近はよく男の子と間違えられます(凹)。あんなにフェミニンだったのに・・・。

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